民族紛争とデブ活

今日は木曜日なので人類学の授業を受け(Global Current Issues and Cultual Prospective という講義!)ゲストスピーカーの先生の話がなにげに今までで一番おもしろいものだったので忘れないうちに書こうと思います。

 

 Ethnic Comflictが今週のテーマ、つまり民族同士の紛争についてのレクチャーでした。

根本的に、人間は数があつまると、同じ者同士でグループをつくっていくもので(人種・地域・宗教etc)その中でヒエラルキーができたり、得してるグループがいたりすると、そのグループが他から迫害されたり、無理やり分断されたり支配されたりして紛争になるんですね。

 

そこで私が思い出したのは日本で受けた異文化コミュニケーションの授業で学んだ、『文化の違いというのは、集団での違いではなく、私たちの思っているよりも個人単位違いである』ということでした。つまり、中国人だからお金に細かい、アメリカ人だからおおらかで楽天的とか、白人はクツを家でも履くとか、そういうステレオタイプ的なことは確かに存在するけれど、だからといってみんながみんなそうじゃない、もっと家庭とか個人によるものだということでした。白米好きじゃない日本人も、超内気なアメリカ人もいるしな。もう今の世の中、いってみれば当然ではあるのだけど、それでもまだまだこういうステレオタイプによる価値観(おもいこみと言えるかも)のずれから、コミュニケーションに支障がでたりする、というような話でした。

 

私は経験上、ささいなケンカから戦争まですべてのあらそいごとはもとをたどればコミュニケーションの不十分からくるとおもいます。そしてそれは世界でいちばんむずかしい。


語学の習得とかもたしかにコミュニケーションだけど、それだけじゃなく、思ったことを言い合える関係や建前のない関係って、おとなになったり、利益が絡んだり、複雑になればなるほど難しいものになるんだと思います。

それがたとえ家族どうしのソレでも。

 

 で、Ethnic Conflictに話は戻りますが

 

アメリカにきて、当然っちゃ当然の話ですがいままで自分は、白人・黒人・黄色人種っていう人間の種類しかいない、いや、超極端にいえば日本人と外国人というくくりでしか考えていないこともあったけれど、アメリカに来て、アジア人じゃなくて私は日本人だし、韓国人と中国人も見るだけではっきり見分けがつくようになりました。みんな黄色人種で、はたからみたら顔は一緒かもしれないけれど、混同されたくない。


自分サイドのアジア人についてもこういうふうに”民族”意識てきななにかが生まれたので、アメリカ人とヨーロッパ人じゃなく、中東の人ってまとめるのじゃなく、もっとそのなかでもどういうグループ同士があって、その人たちがどう生きてきたのか目を向けられるリーダーだったらどうだっただろう…。

 

民族紛争が起こる要素には、異なるグループ同士の競争、そしてグループのなかの利益の配分とか、頭が痛くなるぐらいいろいろありますが、基本に戻ると、それぞれの文化の無視からきていて、それがなければ、壊してやろうとか殺してやろうとか思わないし、でも平和って難しい…。そんなふうにおもう授業でした。

 

 

 

さて、マジメに勉強した後はアメリカ人の友人に連れられてアジアンレストランにご飯を食べにいきました!

 

はい(ムービーしかなぜか撮らなかった)

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味のこゆ~~~いパッタイおいしかった!(笑)

 

 

パクチー大好き!アメリカでパクチーの子とはソロンチョっていうらしい。

(友達がいってたからスペルは調べた →cilantrocilantroの意味 - 英和辞書 - goo辞書

 

必ず出てくるフォーチュンクッキー♪(で、歌う)

 

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これは昨日食べたアイス///

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DEBU☆

 

おいしかった☆

 

 

 

おわり